トロント新移住者協会の歴史

トロント新移住者協会誕生の頃 (トロント新移住者協会創立20周年記念誌から)

◆ 新移住者連絡協議会結成

◆ 日本からカナダへの移住が本格化したのは1966年頃からですが、1967年には既にトロント周辺に約200家族が住んでいたと推定されています。この方々が、この年トロントにオープンした海外移住事業団(現国際協力事業団JICA)カナダ事務所に自然に集まり、相互扶助と情報交換を目的として「新移住者連絡協議会」を結成しました。この会は、1972年9月まで継続しました。

◆ 新移住者協会誕生

◆ 1975年、当時のJICAカナダ事務所所長加茂氏の発案で、「便利帳」発行準備が始まり、元新移住者連絡協議会の人達や新移住者が集まり、情報収集と編集作業が進められました。カナダで初めて、戦後移住者の名簿を兼ねた「便利帳」を作成し、発行・配布したのは1976年ですが、これがこの年に創立された「新移住者協会」の最初のプロジェクトとなりました。

◆ 日系社会への仲間入り

◆ 誕生した「新移住者協会」は、新移住者が日系人の体験した苦難の歴史を充分理解しなかったこともあって、既存の日系団体と時に予期しなかった問題や摩擦もありました。しかし、協会が日系社会に対して組織宣言した1976年以来、「外部日系団体との協力を惜しまず、日系社会の発展に寄与したい」という協会の基本方針は貫かれ、創立20周年記念シンポジウムでも再確認されました。

◆ 活動と組織の拡大

◆ 1976年には、役員5名、役員を含む理事12名で協会はスタートしました。プロジェクトは、便利帳、運動会、麻雀大会、新春芸能大会、緊急プロジェクト「荒木兄弟交通事故救済募金」が実施され、また、加盟団体は11団体ありました。その後は、年を経る毎に組織が拡大し、プロジェクトの数も増えて、トロント新移住者協会の基礎が次々と築かれていきました。 知っていますか?

▲ トロント新移住者協会は「新移住者協会」の名で創立し、1998年4月に「トロント移住者協会」に変わり、2005年4月に再度「トロント新移住者協会」に変更しました。

▲ 毎年好評だった「トロント紅白歌合戦」は、1977年に日系人野球連盟の活動資金集めの事業として始まりました。

▲ 不慮の事故や災難にあった仲間を助ける為の活動は、1976年に交通事故にあった荒木兄弟を助ける「救済募金キャンペーン」を行ったのが最初で、その後、この活動は現在「友愛プロジェクト」として受け継がれています。

▲ 新移住者協会は、日本語ラジオ番組である「サウンド オブ ジャパン」の放送を1978年から1989年まで担当しました。

▲ 独身の移住者の為に、日本から花嫁を探して来る「花嫁プロジェクト」は、1977年から3年間行われました。

▲ JICAカナダ事務所が1995年末に閉鎖して以降、汎米研修日本語教師や日本語生徒本邦研修生の選考・推薦などはNJCAが代行継続しています。

▲ 1978年以来、カナダの小学生に日本文化を紹介し続けてきたAJCは、その地道な活動が認められ、1989年に日本外務大臣賞を受賞しました。

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トロント新移住者協会の活動目的及び事業内容

◎ 日本人移住者の意見を聴きながら、移住者間の親睦を深め、相互理解と相互援助を通じて、移住者の地位向上を目指します。

◎ 日本文化の地域社会への普及に努め、移住者次世代への日本文化遺産の継承伝達を図ります。

◎ 他の諸団体との交流を深め、他の団体と協力しながら、地域社会全体の向上に貢献します。